中島公園‐札幌市

中島公園‐札幌市

中島公園は、藻岩山を背景に札幌の中心部に位置しながらも、水と緑が豊かな公園。「菖蒲池」をはじめ、国の重要文化財「豊平館」や日本庭園「八窓庵」などが札幌の生い立ちをしるしているほか、体育館、北海道文学博物館、天文台、人形劇場「こぐま座」、コンサートホール「KITARA」など多彩な施設があります。場所は南北線中島公園駅すぐです。

<中島公園‐豊平館>

明治はじめに、来賓を迎える旅館として開拓使が大通に面して作った西洋館です。1878年(明治11年)に計画され、1880年(明治13年)に完成した豊平館の設計は開拓使技師の安達喜幸による。安達は棟梁出身で、お雇い外国人のアメリカ人・ホイーラーの指導を受けて日米の建築技法を身に付けた技術者でした。その後に、様々な用途に転用され、1958年に中島公園に移築された。国の重要文化財に指定され、市営結婚式場として利用されています。

中島公園‐札幌市
中島公園‐札幌市 <札幌まつり - 北海道神宮祭>

中島公園駅を降りると、露店がいっぱいです。札幌まつりの露店などは1899年創成川西側から始まっています。中島公園では神事は行われず、サーカスや見世物、ゲーム、そして露店が500店以上も並び、祭りは毎年6月盛大に行われます。中島公園が一番にぎわう三日間です。

歴史-初期の中島公園は、大部分が手入れのない林のままで、今日でいう自然公園に近かったが、しだいに施設が増加し密度を増していました。1886年(明治19年)に札幌区に編入され、翌年の第10回北海道物産共進会の会場となり、これ以後中島遊園地は1958年(昭和33年)まで様々な博覧会の会場になりました。展示場として建てられた建物の一部は、閉会後も残されましたが、現在はありません。1956年(昭和31年)に都市公園法が制定されると、中島公園は翌年3月23日に都市公園として告示され、1990年から1992年には、さっぽろ雪まつりの第4会場となりました。こうした経緯から2006年には前年度で終了した真駒内会場の代替地として雪まつりの開催が検討され、北海道新聞に決定記事が掲載されるまでに至ったものの、巨大で重量のある雪像が札幌市営地下鉄施設へ与える影響などの懸念が出され見送りになり、サッポロさとらんどが選ばれたという経緯があります。