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札幌時計台の愛称で全国に知られている札幌市時計台は、1878(明治11)年に札幌農学校の演武場として建設されました。
札幌農学校は、北海道大学の前身で近代技術を導入し北海道開拓の指導者を養成する目的で開校しました。
時計台は、農学校生徒の兵式訓練や心身を鍛える体育の授業に使う目的で建設され「演武場」と呼ばれました。
クラーク博士は1876(明治9)年にアメリカマサチューセッツ農科大学学長から札幌農学校初代教頭に赴任しました。
博士は、札幌農学校の教育方針をマサチューセッツ農科大学を規範とし、博士はアメリカ南北戦争に陸軍大佐として従軍した経歴を持っており、生徒の心身を鍛える武芸科を設置し、兵式訓練や体育の授業を行う「武芸練習場」を建設することを考えていました。
しかし、博士は8ヶ月あまりの滞在で翌年4月に帰国しました。
札幌時計台は、現存している塔時計としては、日本で最も古いものです。
そればかりでなく、歯車などの主要な部品を交換することなく、現役で時を刻み続けている時計は、極めて珍しいといわれています。
その陰には昭和初期から親子2代にわたって時計機械の保守点検を続けていた市内時計店の方の尽力があります。
また、毎年多くの人々の奉仕活動が行われています。
市民の愛着が時計台を支え、鐘の音を守り続けてきました。
時計台の仕組み−鳩時計と同様の振り子時計で、動力にはおもりを利用し、この仕組みの時計としては、日本で原形のまま正確に作動している最も古い塔時計と、時計機械をおさめている時計塔の内部は5階建てになっていて、外から見える文字盤は5階の位置にあり、この中に鐘と鐘を打つ槌そして時計歯車の動きを四方の針に伝える装置があります。
4階には時計機械の本体が据えつけられ、3階まで吊り下がった大きな振り子の振動が伝わり大小さまざまの歯車が静かに時を刻んでいます。
時計歯車用のおもりは2階まで、槌用のおもりは1階まで下がっています。
重量は運針用が約50kg、打鐘用が約150kgで、巻き上げは今も人力により週2回行っています。