トップページ > 北海道観光スポット一覧 > 渡島観光スポット一覧 > 箱館高田屋嘉兵衛資料館
道内初の造船所をつくり、函館を繁栄に導いた人物、高田屋嘉兵衛ゆかりの品々約500点が展示されている資料館。
外観は旧海産物倉庫の倉を利用した古風な造りで、館内には船の模型や遠眼鏡など貴重な資料が並ぶ。
また、日本で初めてできたストーブを当時のままに復元し紹介してます。
最近では函館市内の観光スポットの一つとして注目を集めています!
高田屋嘉兵衛は寛政7年(1795年)に兵庫の北風家の助けを得て、庄内で1700石積の辰悦丸を建造し本格的に廻船業、蝦夷地経営へ乗り出しました。
幕府に蝦夷地交易を許可され、択捉航路を開き、蝦夷地物産売捌方となる。
また、箱館の北洋漁業の基を築いた功労者である。
近藤重蔵に依頼され、国後島と択捉島間の航路開拓を行った。
択捉島は鱒・鮭が豊富で、嘉兵衛は17ヶ所の漁場を開き、島に原住していたアイヌの民を雇って漁法を教えた。
享和元年(1801年)、国後航路の発見・択捉島開拓の功により、33歳の嘉兵衛は幕府から「蝦夷地常雇船頭」を任じられ、苗字帯刀を許された。
嘉兵衛は漁場を次々開拓し、蝦夷地経営で「高田屋」の財は上昇した。
その他にも文化3年(1806年)、箱館の大火で街の大半を焼失した時、高田屋は被災者の救済活動と復興事業を率先して行なっていった。
市内の井戸掘や道路の改修、開墾・植林等も自己資金で行なうなど、箱館の基盤整備事業を実施した。
造船所も建設し、兵庫から腕利きの船大工を多数呼び寄せ、官船はじめ多くの船を建造していった。
現在、函館市に箱館高田屋嘉兵衛資料館が開設され、その生涯を通じた関連資料が展示されている。
また、同市の北方歴史資料館は、高田屋嘉兵衛の子孫が経営する資料館であり、高田屋嘉兵衛に関する古文書や資料が所蔵されている。
函館山の麓、嘉兵衛旧宅跡を通る高田屋通りのグリーンベルトには、函館市内を見下ろす高田屋嘉兵衛銅像が建つ。
また、生誕地の兵庫県洲本市五色町(淡路島)に高田屋嘉兵衛翁記念館、高田屋嘉兵衛公園には高田屋顕彰館・歴史文化資料館(菜の花ホール)がある。
テレビドラマ『菜の花の沖』関連の野外展示もされている。
【備考】
【料金】・大人(高校生以上)300円 ・子供(小中学生)100円 ・共通券(北方歴史資料館)500円