トップページ > 北海道観光スポット一覧 > 渡島観光スポット一覧 > 函館ハリストス正教会
函館市にある「函館ハリストス正教会」は江戸末期にロシア主教ニコライによって日本で初めてロシア正教が伝導され、ロシアの領事館及び礼拝堂として建てられた教会です。
今では国の重要文化財に指定されている、ロシア風ビザンチン様式の優美な建物です。
教会の裏手で海をバックに絵になる写真が撮れると観光スポットとしても有名です。
函館ハリストス正教会は、日本ハリストス正教会の発祥の地であり、意匠的にも優れた価値の高いもので外観は、漆喰塗仕上げの白壁と緑色銅板屋根の、美しい聖堂です。
平屋建て、鐘塔を持ち、屋根には6つの葱型のクーポラ、そのうえに十字架を戴き、ロシアビザンチン様式を基本として基礎には石を、壁体には煉瓦を用いています。
昭和61年(1986)から63年の3か年にわたり総工費2億円をかけて、創建当時の姿への復元修理が行われました。
函館ハリストス正教会はガンガン寺という名前で親しまれています。
聖堂ができたときに5個の鐘を使って楽器のように鳴らしたところから由来しています。
1907年に全焼したときに鐘も衝撃でバラバラに壊れてしまい再建に合わせて大きな鐘が1個付いている状態になったのですが、1923年に関東大震災の影響でニコライ堂の鐘が破損、復興のためにここの大きな鐘と6個の鐘を交換することになりました。
因みに現在の鐘は1983年に送られたものであります。
函館ハリストス正教会復活聖堂の前身は、安政5年(1858)に来函した初代ロシア領事ゴシケヴィッチが建てた領事館附属聖堂で、明治40年(1907)の大火のため焼失し、大正5年(1916)、煉瓦造りの耐火建築物として再建されたのが現在の聖堂であり、日本初のロシア正教の教会となりました。
設計監督にあたったのは、輔祭として日本正教会に奉職していたモイセイ河村伊蔵。
河村は皇居:吹上御苑の新御所、世田谷美術館、浦添市美術館などを手がけた建築家・ガウリイル内井昭蔵の祖父にあたり、豊橋ハリストス正教会の設計監督にも当たった人物です。
1882年(明治15)に初めて日本人司祭としてティト小松師が赴任し、以後代々日本人司祭が管轄司祭となって今日に至ります。