トップページ > 北海道観光スポット一覧 > 十勝観光スポット一覧 > 幕別町蝦夷文化考古館
白人コタンのアイヌの指導者であった吉田菊太郎氏が昭和15年(1940)1月に北海道アイヌ文化保存協会(会長)を組織して以来、先祖の残した文化財が散逸するのを恐れて、文化財を収集してきました。
これらの文化財を陳列・保存するために各市町村、に協力を依頼し寄付等の協力を仰ぎ、総工費200万円で建設されました。
着物が納めているある部屋では、木の皮からとった糸で作った衣服や木綿の衣服には刺繍だけをつけた衣服・黒や紺色の細かい布を貼り付けて、その上に刺繍をした衣服もあります。
模様がついている衣服は神様のお祭りや結婚式などの儀式用となっています。
アイヌの女性にとって衣服を仕立てることは大変大切な仕事の一つでした。
手で織り、刺繍した衣服を夫や、成長した息子に着せることは最高の喜びとされていました。
「かんじき」を履き、アイヌの人々は山で猟をしたと思われます。
エゾシカやヒグマなどを狩ってたみたいです。
しかし、鮭を捕ったら、熊やキツネの食べる分は残したそうです。
このようにアイヌの人々は動物たちとも譲り合って生活をしていたといわれています。
夏用の靴は、ブドウのつるで作ったわらじで、冬用の靴は、サケの皮で作った靴を履いていました。
これだけでは、寒いので干した草を入れて冬を凌いでいました。
冬の服は動物の皮の防寒着だったそうです。
鹿や熊の毛皮で作ってたみたいです。
のれんには文様の刺繍がされていて、今に伝えられています。
文様の左右が丸いのは「フクロウ」、尖った部分は魔除けの役割をはたしています。
愛する人のために着物の襟・袖口・裾に文様の刺繍をしたのでしょう。
アイヌ文化を広く一般の方々にご理解いただけるよう、蝦夷文化考古館収蔵品の解説資料 「吉田菊太郎資料目録」なども発刊しています。
交通:幕別~帯広間十勝バス「考古館前」下車1分